kotomina おもうこといろいろ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

輝いていこう


L1210115.jpg




今までの歩みをこの数日ふりかえっています。
そして、これからの新たな日々をどう過ごして行きたいか、思いを巡らしています。

コトミナという場を開いて、4年半。
ぼちぼちとした歩みでわたし自身とリンクしているから、
開いたり閉じたり。
あれこれ試行錯誤しながら今に至ります。

迷ってばかりいたけれど、それでも今年は交流するうれしい時間を
すこしずつ持つようになってきていて
やはりこの場を続けていたからこその出会い、ご縁があることに
恵みを頂いているなあ、と感じています。


コトミナという場に取り組むまで、わたしは長年ナースをしていました。
コトミナスタート以後、精神科デイケアでのスタッフとして
再びナースの仕事もしていたこの3年の日々も、
先日の冬至の前で終了しました。

この3年は、いろんなことに気づかされた時間でした。
ここでお仕事させてもらって、ああよかったんだなあと感じています。
ここでの体験は、わたしのなかでいま
やわらかくあたたかな、やさしさのようなものが残っています。



そして、

さあ! もう遠慮せずに素直にわたしを生ききろう!

というきもちが膨らんできています。


2012年ももう少しで終わり。

でも、わたしはもう、あたらしい一年がじわじわ動き始めているような
そんなかんじがしています。


冬至明けに行った伊勢。

伊勢神宮の宇治橋から昇る眩く輝く朝日。

あともうすこし、もうすこしと、3、40分ほど
日の出を待ったあの時間。

まだ、まだ、見えないけど、
山の向こうにはあの光輝く太陽が、もうそこには
確かにあるんだ。

見えないけど、無い訳じゃなくて
ちゃんとその時がきたら見えるんだ。

見える時も見えない時も
輝きはある。

ただそれだけのことなんだなあ。。

なんて、かんじました。



いろいろな輝きかんじて


自らも輝いて^^



いこうよ。 いくよ。




L1210119.jpg




スポンサーサイト

うごいたらうごく




IMG_386_convert_20110331200659.jpg



27、28日の二日間。
一年半ぶりに東京へ行ってきました。

行きたかった所、見たかったもの、会ってみたかったひと、
会いたかった友人たち、食べてみたかったカレー。

ずっとずっとあった望みが、この二日間の中で
全部叶えられました。


友人たちと集って話をして、心強い仲間がいることが
とてもうれしく感謝しました。



行きたいなあ、会いたいなあ。
望む気持ちは奥深くにはっきりあったのだけど、
行くことを決めきれなくていました。


いつか。 そのうちに。
と先延ばししていたけど、そんなこと言ってたら
いつまでたっても、その日は来ない。

確かなことは、いま、それだけ。

いま一番目の前にある、自分の望み。
その望みを素直に受け入れて、自分の望みを満たす。
自分をいま喜ばすこと。

よろこんで満たすことを、積み重ねて行くこと。

ただそれだけのことだなあ、ということを思い出して
ようやく東京へ行くことを決めました。

そうやって決めることが出来たら、その直後に、地震が起きました。


しばらくは東京行きを取り止めようかどうしようかと迷っていて
でも、行きたい気持ちは変わらず。

先行きは見えないような状況で、日常生活も落ち着かないような中で
訪れることは、友人たちには負担をかけてしまうかなあと思ったりもして。

こんな時期に行かない方がいいのかもしれない。
でも、こんなときだからこそ、行って感じて友人たちと話したりしたい。
とも思って、ぎりぎりまで決めかねていました。

ぎりぎりになったとき、わたしはどうしたいと感じるのか?
さっとからだから動きが出るなら、そうしようと思っていました。


ほんとうはいつもそうだったのだろうけど。

地震が起こって気づかされたこと。

明日があるのかはわからない。
今があたりまえに、同じように続くなんてことはないのだ。

いま。それだけが確かなこと。

そして、いま いま いま を繋げていくだけ。

行きたいところには行って。
見たいものは見て。
会いたい人には会って。

やりたいことはやる。

ほんとにとってもシンプル。


そのうちに。。
とか
ぼちぼちと。。
とか。

ついついそんな気分で猶予を自分に与えているけれど。

流れや進むテンポ、タイミングはあるから
慌てることはいらないけれど。


でも、明らかに時間の流れ、時代の波は加速している気がする。


ほんとにもう、出来る限り素直に自然に正直に生きたい。

気づいてるなら、ぼちぼちと、なんて言わずに
もう、えいって、大胆に、気づいたことをしたい。


自分の中にある恐れや心配や不安やらで、自分を縛っているものが
あるのなら、それをほどいて
素直になって、もっと単純に、安心して生きよう。

一番目の前にある自分。
その自分が、自分として存分に生きること。

なによりそこから始まる。



じぶんが動いたら。

うごいていくんだよ。



とにかく出すということ



とにかくじぶんを出すということ。

最近ますます、私が出会うあらゆるひとの口を借りて
私は教えられているようにすごく感じています。


昨日の合気道のお稽古でも、ちからを抜いて自分から相手に、
そしてこの宇宙へとさし出すこと。
その意味を、からだを通して気づかされました。
合気道の時間は、ほんとに何度も何度もそれに気づくのですが
昨日は、あらためて自分の中で、ほんまにそうやなあ~~と大きくうなづきました。


出すといえば。
お通じにおいてもそう。
こんなとこでいうのもなんですがー。
数日前、ほんとにもうえらく強固なことになっていて。
うんうん格闘しました。
だーっとやっと出て、しばしまじまじみつめてしまいました。
よくもまあこんなにたくさんのものを!おなかの中に溜め込んでいたんだなあ~と。

入れたら 出す。

このシンプルさが、健やかでいるなによりいちばんのことだなあと。


最近日々気功をしていて、活元もしています。
活元に入る前に邪気を吐くのですが、
吐いて吐いて吐ききってふっと全身ゆるめるのがポイント。
私は吐くことが苦しくて全部吐ききるのが難しかったのですが
最近よくやるようになって、如何に今まで吐ききってなかったのかを痛感します。

私は生後一年ならない時に肺炎になって『今夜が山です』と言われるようなことが
あったらしく、子供の頃はぜんそくもあって気管支がじゅうぶんに育ちきれなかったのかな。
それで、呼吸するという生きる上でごく自然なことが、
私にはあんまり楽で心地いいことではなくて、
不安感とか恐怖感とかこどもごころに感じていたかもしれません。

それだけでは無いと思うけれど、息を詰めてぎゅっと肩にちからはいって閉じちゃうような
傾向がありました。

ずっと生きてきて、いろんなものに出会っていくうちにそういう傾向、
出せない、出さない、閉じてしまう、そういう部分に自分で自覚するようになっていきました。


『出していくこと』の意味、大切さ。
いろんなひとが話されているし、こころの面においても、からだからみても
ほんとにその通りです。


小さな頃まで遡って今までをあれこれ思い出してみると
私の中のテーマというか、課題というか、キーワードはなにより
『わたしを出すこと』なんだなあと、きのうふと思いました。

やりたいこと、仕事、お金のこと、身のまわりのひととの関係、からだのことも。

全てはそれにつきるんだなあ。

ほんまにほんまにそうやなあ。。
そうなんやなあ。。



今日はやっと確定申告出してきてもうほんとにほっとしてひとつ大きな荷物降ろしました。
この数カ月、数字として現状を直視しましたが、はっきりしたのでよかった。
わたしにはこれも大きな学び。



出すわたし に、またいっこいっこあせらずやっていきます。






ほんとのほんと




IMG_300_convert_20110221192125.jpg




最近ずっと、ほんとにほんとは何を望んでいるんだろう、と
じっとみている。


いろんなこと感じて考えて、そんないろいろがあたまの中をぐるぐるぐるぐる
ひたすら廻り続ける。
そのぐるぐるに、気分がぐらぐらんと揺れて。

でもそのうち、なんとなく気分が切り替わって
なんかだいじょうぶになったり。


なんだか、不確かなきぶんになるとなにもかもが
不確かな気がしてくるし。

いやいや。

だいじょうぶ。 といえば全てがだいじょうぶ。
というかんじにもなる。


こうやって、今日まで、
たった今まで生きているのも
ちゃーんとだいじょうぶだからなわけで。



根っこはどっしり揺らがない『だいじょうぶ』が
自分の中にあることを、知っているのだけど、
どうも、うっかりすると
きゅーっと閉じてきて、不確かさに覆われそうになる。


あたまが優位はほどほどに~。
が学習しきれないというか。。

ほんとにもう。うっかり。 うっかり。ってかんじ。
うっかりするとあたまがはたらきやすい。
そして、からだの不調がきて、
ああそうだった。。と気づくわけです。



2011年は、ここちよいからだの動きをして楽しむ、
のがやりたいことで、
気功ガールがテーマ。

毎日気功して活元している。

野口晴哉さんの本読んだりしていて、体癖の項目などは
わたしはどうやらこれとこれっぽいなあ。。などと納得したり。

こういう傾向あるんだねえ。まあそうなるのも仕方ないかと思える。


でも、ほんとにほんとにわたしはそうかな?
じぶんでじぶんをそうだと思いこんでないかなあ?

食べるもの、着てる服、ひととの接し方、行動の仕方。
自分が選択するひとつひとつが、今までのパターンで、とか
わたしはこういう人だから、とかでそうしてたりしてないのかな??
ほんとに、そう?


じぶんでじぶんに当てはめた枠の中で、選んでたりしないかな?
と。



いろんな可能性、選択肢、夢。
いつも無限に自由であるのだろうに。

今、じぶんの置かれている状況は、何も制約されているわけでもなくて
縛られてもないのに。

きゅっと縛ってるのは、じぶん自身。


だれも止めてないのになあ。

じぶんで止めてるだけ。

うーん。。。


なんかうっすら不自由なかんじがあって、いつまでこうやっているの?
もうそろそろいいでしょ?
と感じつつ、自ら不自由さの囲いに居つづけけてしまってるなあ。。


もう、ややこしいなあわたし。



えっとえっっと。

あたま優位傾向はそれはそれとしておいといて、動きのなかでほぐそう。


からだで、動いていくなかでね。







明けましたね




IMG_286_convert_20110104204315.jpg



2011年。明けましておめでとうございます!

今年はうさぎさんですね。

ぴょぴょんっと 軽やかに 跳ねて動いていく年にしたいなあ
と思っています。

今年もどうぞよろしくおねがいします。



***

大晦日から実家で過ごし、今日戻って来ました。

珍しく雪!! びっくりしました~。

毎年家族で近くの神社に初詣に行く以外は、ずっとうちにいました。

なんだかもたもたしていてようやく大晦日と元旦の二日で年賀状を完成させ
あとはテレビ観て、少し本読んで、食べてばかりで
気づけばもう4日になっていました。


穏やかに新年が始まり、私の中の感覚もこの数年にはない軽やかなかんじがあります。


今年は気持ちよく動くからだの使い方をして、朗らかにいきたいな。

朗働(ろうどう)でね!

あと、わたしの2011は

気功ガール でいきたいとおもっています。☆




IMG_285_convert_20110104204156.jpg

IMG_289_convert_20110104204437.jpg








プロフィール

kotomina

Author:kotomina
京都駅の南側すぐそばにある古い昭和のおうち
kotomina(コトミナ)。
2008年から5年間活動し、2013年5月にcloseしました。


お問い合わせは、下段にあるメールフォームをお使いください。

最近の記事
カレンダー
04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
カテゴリー
月別アーカイブ
最近のコメント
最近のトラックバック
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブログ内検索
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。